クラウドファンディング

昭和の時代から新世界は演芸の街でした☆今日は懐かしい写真も掲載しました!

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新世界には昭和の時代から演芸の文化が根付いてました。

大衆演劇、歌謡劇場など庶民の娯楽の場がありました。

そこで問題です。

【問題】

1980年代後半まで、ジャンジャン横丁に、漫才や落語を楽しめる演芸場がありました。

この、若手芸人さんの登竜門的な存在だった演芸場の名前は何だったでしょうか?

A、TENGEKI
B、グランド花月
C、新花月

↓↓
↓↓
↓↓

【答え】
C、新花月

下の写真は、ジャンジャン横丁にあった『新花月』

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ジャンジャン横丁の「新花月」には多くの芸人さんが出演されていたそうです。

今では大ベテラン、大御所と呼ばれる方も新花月で初舞台を踏んだ方がおられます。

当時の新世界ですから、客席からヤジがあったりで、若手芸人さんの修業の場でもありました。

また、週末には「演歌まつり」も開催されていて、人気があったそうです。

来年1月9日に行われる浪速区商店会連盟の「宝恵かご道中」、そして1月10日に新世界で行われる「新世界振舞い酒」に参加する吉野悦世さんも『新花月』の舞台を踏んだことがあるらしい。

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もちろん、吉野悦世さんが子供の頃の話、『新花月』で「ちびっこ歌まね」とかいうイベントがあって、その時に歌で出演したそうです。

多くの歌手の方が新花月の舞台を踏んだことがあるようで、今では誰もが知る大物歌手もおられます。

かつて、ジャンジャン横丁にあった『新花月』が、のちに通天閣の地下に松竹芸能お笑い寄席「TENGEKI」や通天閣歌謡劇場として復活してましたが、現在は無くなっています。

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そんな中、新世界日活が閉館しリニュ-アルされ、『シアタ-朝日』として12月23日、24日を皮切りに定期的に歌謡ショ-が開催されます。

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新世界に再び、演歌・歌謡ショ-が戻ってくることは嬉しいことです。

また、『新花月』の舞台を踏んだ吉野悦世さんが、通天閣歌謡劇場を経て、シアタ-朝日のステージに立つことに、新世界と吉野悦世さんの繋がりと歴史を感じる今日この頃です。

★Twitter@shinsekaizyoho
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