以前、JR環状線『新今宮駅』から改札を出たら、真正面に見えた大きな施設ですが、この写真、何かわかりますか?
大型遊具や娯楽施設と商業施設を合体させた都市型立体遊園地『フェスティバルゲート』です。
新世界のお店で働く若い世代の人達に、『フェスティバルゲートって知ってる?』と聞いても、ほとんどの人が知らないようです。
今となっては、幻のフェスティバルゲートですね。
元々、この場所には大阪市交通局の市電天王寺車庫(霞町車庫)がありましたが、長年の間、広大な空き地になっていて、地元では大きな課題になってました。
フェスティバルゲートは、第三セクターのフェスティバルゲート株式会社によって運営されてました。
いわゆる霞町車庫跡問題がようやく解決し、1997年7月18日、フェスティバルゲートが開業しました。
東隣には同時期に開業したスパワールドがあります。
フェスティバルゲートは、私の息子がちょうど幼稚園に通っていた頃に開業し、家族でよく遊びに行ったものです。
当時の新世界は、ガラが悪い、危ない、怖い、汚い、と言われた街でした。
地元の人達にとって、フェスティバルゲートは新世界の中の別世界、まさに夢の国でした。
フェスティバルゲート内には遊戯施設だけでなく、回転寿司やイタリアンなど様々な飲食店、衣料品店、イベントステージもありました。
しかし、来場客の減少により、2007年7月31日までに、ほぼ全ての店舗及びアミューズメントの営業が終了しました。
地元の人達とフェスティバルゲートの思い出話をすることがありますが、閉館したことがあまりにも残念で勿体ないと、口を揃えて言われます。
もし、今のように新世界が大阪を代表する観光エリアと言われるようになり、インバウンドの外国人観光客が多い時期にフェスティバルゲートがあれば、新世界はもっとすごい街になっていたかも、フェスティバルゲートができた時代が早過ぎたという声もありました。
フェスティバルゲートがあった場所には、現在、マルハン新世界店、MEGAドンキホーテ新世界店があり、新たな客層を取り込み、このエリアは新たな雰囲気になっています。
ちなみに、フェスティバルゲートがあった時代には、写真右奥の『あべのハルカス』は存在してません。
今年4月にはJR新今宮駅横に、『OMO7大阪by星野リゾート』が開業します。
関西国際空港から直結、新今宮駅周辺エリアのこれからの展開が楽しみであり、期待したいと思います。
★Twitter@shinsekaizyoho
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