11月1日の産経新聞ネット版に、下記のような記事がありました。
一部抜粋します。
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伊勢志摩国立公園内に浮かぶ三重県志摩市の渡鹿野島(わたかのじま)。漁業と観光業が主な産業で、周囲約7キロ、約180人余りが暮らす小さな島はかつて「売春島」と呼ばれた。長年、風評に苦しめられてきた島だが、10月に初めて修学旅行生が島内に宿泊した。住民らは対岸と結ぶ渡り船から下船する修学旅行生を歓迎。「島の歴史が変わる一日」。そんな声が聞こえるなど、島のイメージを変えたいという思いが伝わる。
https://www.sankei.com/article/20211101-CRFTIG3FFNJFNGPHFQ7SAIQUSU/
「売春島」と呼ばれた島の歴史が変わった日
伊勢志摩国立公園内に浮かぶ三重県志摩市の渡鹿野島(わたかのじま)。漁業と観光業が主な産業で、周囲約7キロ、約180人余りが暮らす小さな島はかつて「売春島」と呼ば…
リンク
www.sankei.com
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『島の歴史が変わる日』という、住民の皆さんにとっては、画期的な状況だったと思います。
さて、私にとって、新世界でこのように感じたことがあったかなぁ〜と、振り返ってみれば、全く状況は違いますが、似たような思いをしたことがありました。
私が子供の頃、串かつ屋さんといえば、のれんをくぐって、おじさんがビールを飲みながら串かつを食べている光景を思い出します。
新世界はガラが悪い、汚い、怖いというイメージが強かった時代です。
しかし、新世界に大型の串かつ屋さんが進出し、観光客、外国人、ファミリー、若い世代の女性、カップルなど幅広い世代のお客さんが串かつを食べるようになりました。
収容人数が200名を超える大型店には、団体旅行や修学旅行の生徒たちが入っていくのを見かけたことがあります。
修学旅行の団体が串かつ屋さんで昼食をとる、その光景を見たとき、新世界の歴史が変わったと感じました。
現在では、新世界は大阪を代表する観光エリアにもなっています。
写真は、11月6日(土曜)の新世界の様子です。
土曜日の夜、少しずつ賑わいが戻ってきました。
遠方からの観光客も見かけるようになりました。
串かつ屋さんの店長さん、数人に聞いたところ、コロナ前の6〜7割ぐらいの売上まで回復したそうです。
あとはインバウンドの外国人観光客が戻ってきたら、本格的な賑わいに戻るでしょう。
一日も早く、コロナが終息することを願うばかりです。
★Twitter@shinsekaizyoho
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